Vampire Films
吸血鬼映画の部屋
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THE BRIDES OF DRACULA
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吸血鬼ドラキュラの花嫁
UK - 82 min.
dd/mm/yyyy 7/7/1960 (UK) 16/7/1960 (Japan)

Introduction 序盤アウトライン

19世紀末のトランシルヴァニア。新任のフランス語教師として田舎町の学校に向かう中、宿場町で馬車に置き去りにされたパリジェンヌのマリアンヌは、酒場で遭遇した年配の男爵夫人の厚意を受ける形で丘陵に聳え立つマインスター城に招かれる。夕食の席上、夫人の息子で精神を病むマインスター男爵が夫人に幽閉されている事を聞かされたマリアンヌは、やがて、好青年のようにしか見えぬ男爵を解き放ってしまうのだがーー
Various Note メモ:

英ハマープロ製作の「ドラキュラ」シリーズ第2弾。原題にも明記されるドラキュラは登場しないが、ついては、ドラキュラの悪の魂を引き継ぐ吸血鬼マインスター男爵がここでのヒール。一味の天敵ともいえるヴァン・ヘルシングの大活躍を描く内容は、シリーズ第2弾にして最高潮に盛り上がる。オリジナル脚本は「バスカヴィル家の犬 (1959)(未)」「ロビン・フッドの逆襲 (1967)」「吸血蛾クレア (1967)(未)」のピーター・ブライアン(Peter Bryan)、「生きてる死骸 (1941) (play)」のエドワード・パーシー(Edward Percy)、「フランケンシュタインの逆襲 (1957)」「吸血鬼ドラキュラ (1958)」「フランケンシュタインの復讐 (1958)」「生きていた吸血鬼 (1958)」のジミー・サングスター(Jimmy Sangster)、そして製作も手掛ける「吸血鬼の接吻 (1963)」「帰って来たドラキュラ (1968)」「ドラキュラ血の味 (1969)」のアンソニー・ハインズ(Anthony Hinds)もノークレジットで参加。監督は「フランケンシュタインの逆襲 (1957)」「吸血鬼ドラキュラ (1958)」「フランケンシュタインの復讐 (1958)」「吸血狼男 (1960)」「妖女ゴーゴン (1964)」「凶人ドラキュラ (1965)」のテレンス・フィッシャー(Terence Fisher)。
出演は、前作「吸血鬼ドラキュラ (1958)」に引き続きシリーズ2度目の登場となるピーター・カッシングPeter Cushing)、「大いなる遺産 (1946)」「アンナ・カレニナ (1948)」「わが恋は終りぬ (1960)」「バニー・レークは行方不明 (1965)」のマーティタ・ハント(Martita Hunt)、「殺人鬼登場 (1960)」「ナポリ湾 (1960)」「頭上の脅威 (1964)」のイヴォンヌ・モンロー(Yvonne Monlaur)、「大いなる遺産 (1946)」「吸血狼男 (1960)」「恐竜グワンジ (1969)」のフリーダ・ジャクソン(Freda Jackson)、「断固戦う人々 (1954)」「騎士ブランメル (1954)(未)」のデイヴィッド・ピール(David Peel)、「三十九夜 (1935)」「吸血鬼ドラキュラ (1958)」「血を吸うカメラ (1960)」のマイルズ・メイルソン(Miles Malleson)、「霧の夜の戦慄 (1947)」「黒ばら (1950)」「長い船団 (1964)」のヘンリー・オスカー(Henry Oscar)、「マイ・フェア・レディ (1964)」「コレクター (1965)」「栄光への賭け (1970)」「オー!ラッキーマン (1973)」のモナ・ウォッシュボーン(Mona Washbourne)、「かくて我が恋は終りぬ (1952)」のアンドリー・メリー(Andree Melly)、「蛇女の脅怖 (1966)」「吸血ゾンビ (1966)」「血のエクソシズム ドラキュラの復活 (1970)(未)」のマイケル・リッパー(Michael Ripper)など。

以下、完全ネタバレ。未鑑賞の方はご留意下さい。
ここでの中心キャラは、田舎町の学校で仏語を教えるためにパリからやって来たヒロインのマリアンヌ(イヴォンヌ・モンロー)、ドラキュラの意思を引き継ぐ新顔キャラの吸血鬼マインスター男爵(デイヴィッド・ピール)、そして、吸血鬼ハンターとして前作に引き続き登場するヴァン・ヘルシング(ピーター・カッシング)という面々。タイトルに明記されるドラキュラも登場しない中、ベビーフェイスの吸血鬼にそそのかされたヒロインの勇み足を起点に人々が恐怖に陥れられる筋書きというのも、よくよく考えてみれば、勧善懲悪&大ハッピーエンドの娯楽モノとしてはやや微妙だが、これはストーカーの手を離れたオリジナルとしてはかなり楽しい内容。と云うより、ヘルシングを演じるカッシングのファンであれば、これはシリーズ2作目にして最高潮の内容。垢抜けた立ち回りやアクションの数々がとにかくスマートでカッコイイ。「世界がこの地獄から解放されるのだ!」と云うヘルシングのセリフなども、シリーズのファンには格別の響き。13年後にリリースされる「新ドラキュラ・悪魔の儀式 (1973)」での仰々しいプロットも、いきなりの大風呂敷ではなかったようにも思えてしまう。
今回は、地元の神父(フレッド・ジョンソン)から招聘された客人として登場するヘルシングだが、そのバックボーンを物語るダイアローグなども何気に興味深い。ライブン大学出身、哲学と神学の博士号を持つ傍らで心霊研究の教授も務める事などが明らかにされているが、そんな経歴が明かされるのも一連のシリーズでは唯一。ついては、大学の同窓生だと云う田舎の学校長(ヘンリー・オスカー)にも一目置かれる中、学校の女性キャラたちにもドキドキの対象とされるヘルシングだが、さらには随所でのスマートなアクションと来れば、これはもうヘルシングのための1本だったと言っても過言ではないほど。ロウソク台を手にした男爵に殴り付けられた後、テーブル向こう側の男爵めがけてカーリングのように十字架を滑らせる中盤でのアクションはもとより、暴走族のケンカのようにチェーンを振り回す男爵に対してロープにぶら下がってのターザンファイトを繰り広げる怒涛のアクションなど、これはもうヘルシングのファンであれば言葉にもならなかったはず。
言葉にもならなかったと云えば、終盤、ヘルシングが男爵の餌食にされるシーン。と云うか、あのヴァン・ヘルシングが吸血鬼の感染被害に遭うシチュエーションと云うのもシリーズではかなりのレア度だが、ちなみに、焼き鏝でかなり手荒な消毒をした後、聖水をかけてバイトマークを消し去るここでの治療法は、後年の「ドラキュリアⅡ 鮮血の狩人 (2003)」など次世代作品のネタにも。そんな荒治療を経てクライマックスを迎える中、再び訪れる吸血鬼との大バトルだが、これがまたまた物凄い。聖水で十字を切られた男爵のベビーフェイスも台無しになる中、月明かりに浮かび上がる風車にぶら下がって地表に映る風車のシルエットをバツマークから十字模様に変化させるヘルシングだが、その十字のシルエット上にあたかも貼り付けにされたかのように倒れこむ男爵の姿などは、もはや芸術の域にも達する珠玉の構図。小屋のテラスから飛び降りて断末魔の男爵を見届ける中、そんな軽快な立ち回りのヘルシングとヒロインが抱き合う最終カットまで、とにかくスマートで華だらけのクライマックスだった。ちなみにヘルシングと云えば、孤高のヒーロー像を売りにする超ストイックなキャラだが、ヒロインとの年齢差を越える大ロマンスを予感させるようなここでのエンディングと云うのもシリーズではレア中のレア。
そんな極上のクライマックスも用意される中、ファンとしては、前作に引き続くクリストファー・リー演じる伯爵とのバトルが見たかった所だが、よくよく考えてみれば、ヒロインがベビーフェイスの男爵にそそのかされると云うここでの筋書きでは、あの強面のクリストファー・リーをヒールに据えるキャスティングと云うのも当たり前のようにNG。クリストファー・リーのスケジュールが優先されたのか、はたまたシナリオのトーンが優先されたのか、そんな裏事情なども個人的には知る由もないが、何れにせよ、ヒロインの若気の至りで皆に迷惑をかけるやや微妙な筋書きを除けば、ここでのキャスティングも演出も大成功以外の何ものでもない。伯爵との決着も前作で白黒付いていた中、新たなヒールキャラとの死闘を描くシリーズ第2弾としては、ここでの整然とした内容には釈然とさせられる。と云うか、実質的には、ここでの内容もシリーズ第2弾にしてエピローグのような内容。ドラキュラ没後の後日談的なモノローグものっけから飛び出す中、前作「ドラキュラ」の興奮もそのままに極上のスリルを閉じ込めた映像が面白くないはずもない。
シリーズと云えば、前作に引き続き今回もドイツ調の地名が羅列されるスクリプトだが、何と言っても驚かされたのは、その舞台が「トランシルヴァニア」である事がキッパリと断言される点。ちなみに、冒頭でヒロインが乗り込む馬車に記されていたルートは、Ingalstadt, Abensberg, Regensberg, Badsteinと云う4箇所。ついては、独バイエルン州を匂わせる実在の地名も含まれていたりもするが、要はここでのロケーション設定も全くの架空のシチュエーションだったと云う事。ちなみにどうでもいい事だが、ヒロインが置き去りにされる酒場が位置する宿場町は、馬車走行ルートの最終地バドスタインで、登場キャラも口を揃えて「バドスタイン」と発音。ついては、邦版ビデオの「バックスタイン」という字幕テロップは間違いだったりもする。そんなバドスタインの酒場で男爵夫人が口にするワインは「トカイワイン」だが、ちなみにこれは独でもルーマニアでもなくハンガリー産の有名な銘柄。
そのバドスタインの酒場に至るまでの序盤、ヒロインをマインスター城に呼び寄せるべく裏工作に奔走する黒服の男(マイケル・マルキャスター)の正体は明かされずじまいのスクリプトだが、この辺りは結構奥行きの深さも感じる所。と云うのも、マインスター男爵が吸血鬼となったのも「悪い仲間」の影響による事が後段で明らかにされるため。異教の徒が吸血鬼と化したとするヘルシングのセリフなども目の当たりにすれば、そんな黒服の男のような異教の徒とヘルシングの闘いもエンドレスの様相を呈するが、こうなればもはや「吸血鬼の接吻 (1963)」のような世界。ファンとしてはたまらない。
明らかにされなかったと云えば、女吸血鬼2人(村の娘とヒロインの同僚)の末路も曖昧なまま幕を下ろしているが、これも「吸血鬼は、悪に堕ちた人間の協力がないと生息できない」というヘルシングのセリフなどを参照にすべき所。まぁ、水車小屋の火事で息絶えたと云う見方もあるのだが。ちなみにここでの悪の協力者はマインスター城のメイドのグレタ(フリーダ・ジャクソン)。当初は、幽閉される男爵の監視役だったものの、男爵が解き放たれた後、男爵の下僕に成り下がるグレタだが、これも要は、あのレンフィールドにインスパイアされた原作へのオマージュ。ちなみに前作での脚色の場合、原作では中心キャラだったレンフィールドもバッサリと割愛されているが、その辺りを変則的な形で2作目に持って来るのも何気に興味深い所。何れにせよ、ここでの怪気炎上げるフリーダ・ジャクソンのパフォーマンスは衝撃的。と云うより、あのレンフィールドを女性キャラに置き換えてしまえば、なかんずく特異だったはずのキャラ色もやや凡庸なヒステリックに思えてしまう日常性が空しかったりもする。
原作と云えば、シリーズ前作では、コウモリや狼への変身は不可能と唱えていたヘルシングだが、今回はコウモリに変身出来る事をアッサリと容認。ついては、ドラキュラ没後のさまざまな闘いで真説を打ち出したと云う事なのかもしれないが、まぁ、その辺りを詮索するのもナンセンス。と云うか、シリーズ前作にも登場しなかった大型コウモリの模型が宙を舞うフルカラーでの特撮映像には、公開当時のファンも拍手を送ったはず。男爵が犠牲者に咬み付く瞬間のショットも寸止め的に割愛される中、吸血鬼と化した男爵の母親に木の杭を打ち込むシーンや、ヘルシングに咬み付いた男爵の血に染まる口元のショットなど、あくまでソフト路線を貫く当代ならではの映像だが、ここでの売りはやはりトータルでのダイナミズム。抜群の切れ味だった前作のクライマックスも忘れられないが、ここでの随所で見せるアクションや垢抜けた演出感覚は、キワモノ映像への依存度も高い昨今の作品などとは次元も違う。
と云うか、こんな傑作ホラーがデジタルメディア化されないと云うのも半ば信じ難い話。米国ではハマーフィルム8タイトルのオムニバス盤でリリースされているが、日本では90年代のVHS止まり。個人的にはNHK関連のソフトで鑑賞したが、宝の持ち腐れで版権が宙に浮いたような状態なのだとしたらこれは大問題。と云うより、あまりにもったいない。思うに、あの水車小屋での出色のクライマックスなどは、大昔のテレビ放映などでも多くの方々が記憶に留めているはず。これはデジタル処理された高画質の映像で再評価されるべき取って置きの1本だと思うのだが。
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