Introduction 序盤アウトライン:
独バイエルン州の南端。山奥の古城でドラキュラ伯爵が復活を遂げる。やがて一人の若い娘が伯爵の餌食になる中、怒れる村人たちは伯爵の城に火を放つが、危機を察知した伯爵はその報復として教会に居残る村人の家族を皆殺しにする。一方、町警察に追われる一人の青年が消息を絶つ中、青年の兄と恋人が田舎町での捜索に乗り出すが、僅かな手掛かりを当てに辿り着いた先は、あの惨劇の村を見下ろすドラキュラ伯爵の根城だったーー |
Various Note メモ:
「吸血鬼ドラキュラ (1958)」「吸血鬼ドラキュラの花嫁 (1960)」「凶人ドラキュラ (1966)」「帰って来たドラキュラ (1968)」「ドラキュラ血の味 (1970)」に続く英国ハマープロの「ドラキュラ」シリーズ第6弾。日本国内では劇場未公開のままだが、これは見所も多い傑出した1本。脚本は「吸血鬼ドラキュラの花嫁 (1960)」「吸血鬼の接吻 (1963)」「帰って来たドラキュラ (1968)」「ドラキュラ血の味 (1970)」のアンソニー・ハインズ(クレジット名は「ジョン・エルダー」)(Anthony Hinds as John Elder)。監督は「バンパイア・ラヴァーズ (1970)(未)」「アサイラム・狂人病棟 (1972)(未)」「墓場にて 魔界への招待・そこは地獄の始発駅 (1973)(未)」「スクリーミング 夜歩く手首
(1973)(未)」「ドラゴンvs7人の吸血鬼 (1973)」の ロイ・ウォード・ベイカー(Roy Ward Baker)。音楽は一連のシリーズでもお馴染みのジェームズ・バーナード(James
Bernard)。 |
出演は、ハマー製「ドラキュラ」シリーズへの出演も第5作目となるクリストファー・リー(Christopher Lee)、「血の河 (1962)」「夜明けの舗道 (1970)」「荒野に生きる (1971)」のデニス・ウォーターマン(Dennis Waterman)、「ジョアンナ
(1968)」「女王陛下の007 (1969)」「これがピーター・セラーズだ! 艶笑・パリ武装娼館 (1974)(未)」のジェニー・ハンレー(Jenny Hanley)、「バンパイアキラーの謎
(1970)(未)」「見えない恐怖 (1971)」「スペース1999 宇宙船団の奇襲 (1976)」のクリストファー・マシューズ(Christopher
Matthews)、「フランケンシュタインの逆襲 (1957)」「妖女ゴーゴン (1964)」「オーメン (1976)」「シンドバッド虎の目大冒険
(1977)」のパトリック・トラウトン(Patrick Troughton)、「フランケンシュタインの復讐 (1958)」「未知空間の恐怖 光る眼
(1960)」「バラバ (1962)」のマイケル・グウィン(Michael Gwynn)、「吸血鬼ドラキュラの花嫁 (1960)」「帰って来たドラキュラ (1968)」「ドラキュラ血の味 (1970)」のマイケル・リッパー(Michael Ripper)、"The Man Who Had Power Over Women (1970)"のウェンディ・ハミルトン(Wendy
Hamilton)、「女王陛下の007 (1969)」「ブラック・スネイク (1972)」「ベルサイユのばら (1979)」のアヌーシュカ・ヘンペル(Anouska Hempel)、「Queen
Victoria 至上の恋 (1997)」「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ (1998)」「理想の結婚 (1999)」のデリア・リンゼイ(Delia
Lindsay)など。
以下、完全ネタバレ。未鑑賞の方はご留意下さい。 |
| 前作ではロンドン郊外の教会で骨灰と化した伯爵だが、ここではそんな骨灰から再び伯爵が甦ると云うイントロ。となれば、これも純然たる続編のように思えるが、ここでのイントロの舞台はあの教会ではなく山奥の根城。しかも、英国ではなく独バイエルン州南端の山野部と云う設定。その辺りは「クライネンベルグ」と云う恐らくは架空の独っぽい地名が度々登場する中、街中のセットで見受けられる「ミュンヘン」と記された看板や"Zoll"と記された関税ゲートのカットで判別できるが、ついては、ここでの時系列も一連のシリーズとは全くの別モノ。ここ日本ではいまだ劇場未公開の中、何気にシリーズからも疎外される番外編のような印象も受けるが、実際の内容は極めて上質。見所もかなり多い。 |
| まず目を見張るのは、クリストファー・リーのダイアローグの多さ。サイモン(デニス・ウォーターマン)に差し出したワインを褒められて謝辞を返す中、笑みを浮かべる伯爵のショットなども何気にレアだが、社交的なダイアローグの数そのものがかなり多い。あのピーター・カッシング相手に歯の浮くような社交辞令を展開する「新ドラキュラ・悪魔の儀式 (1973)」を引き合いに出しても、行数の多さではこちらの方が上。そんな多彩なダイアローグに比例するかの如く、瞬時にギアチェンジするスクリプトの方もかなり面白い。村の悲劇を描くショッキングな冒頭から一変、街の女を渡り歩くプレイボーイのポール(クリストファー・マシューズ)にスポットを当てる段落では実に飄々とした情景を描く中、再びスリル一色に塗り替えるなどこれは絶品の緩急。まさしくこれは90分コースのジェットコースターのようなスリル感。 |
| 一方、そんなスリルを盛り上げる随所でのダイナミズムもかなりのもの。ポールとの不貞を働く妖艶な女吸血鬼タニア(アヌーシュカ・ヘンペル)をナイフでメッタ刺しにする中、ヒロインのセーラ(ジェニー・ハンレー)に肩入れする下僕クローヴ(パトリック・トラウトン)を焼け火鉢で拷問するなど、ここでの伯爵の残虐度はシリーズでも随一。一方のクローヴも切り刻んだタニアを酸で溶かすなどとにかく容赦ない。容赦ないと云えば、伯爵退治に出向いた村人の女家族が惨殺体で発見される冒頭シーンなどはなかんずくキワモノ。この辺りはシリーズでも類を見ぬダイナミズムだったが、そんな視覚的なダイナミズムも然る事ながら、ここではスクリプトそのものがダイナミック。「触らぬ神にたたりなし」と伯爵に恐れをなす神父も最終的には村のご婦人と同様の末路を迎える訳だが、そんな臆病者には高い代償を払わせるシビアな顛末もここでの強烈なアクセント。ちなみに「触らぬ神に~」と云えば、善玉と悪玉の狭間で揺れる村人らの描写と云えば「帰って来たドラキュラ (1968)」などでもおなじみだが、ここでは蚊帳の外で登場する警官キャラの描写も印象的。お尋ね者のポールを追う中、「公務中だから、ただ酒を出せ」と酒場のオヤジに迫る警官だが、そんな他愛なくも絶句させられる描写も微妙に面白い。 |
| また、キャストの魅力そのものもここでのアドヴァンテージの一つ。ヒロイン役のジェニー・ハンレーと女吸血鬼役のアヌーシュカ・ヘンペルは、シリーズでも屈指の美形キャストだが、ちなみに2人は「女王陛下の007 (1969)」で2代目ボンドのジョージ・レーゼンビーのお相手を務めていたボンドガールズ。そんな2人のボンドガールズならぬ伯爵ガールズも登場する中、見事な肢体を披露するデリア・リンゼイ(ポールにたぶらかされる市長の娘役)や酒場の女を演じるウェンディ・ハミルトンなど、ここではとにかく色とりどり。色とりどりと云えば、凛とするキャラ色を象徴するようなスカイブルーのローブをヒロインが羽織る中、伯爵の犠牲となる酒場の女(ウェンディ・ハミルトン)に群青色のワンピースを纏わせる色彩センスなども極めて効果的だった。一方、女吸血鬼さながらのルックスで登場するアヌーシュカ・ヘンペルだが、あの妖艶かつヴィヴィッドなルックスも然る事ながら、伯爵の接吻を受けるカットは絶大なインパクト。僅か数秒でのあのドラマティックな表情の変化は、性交のプロセスを濃縮するようなエクスタシー度だったが、まさしくこれは数分間のベッドシーンにも匹敵するインパクトだったもの。バイトシーンと云えばシリーズでもお馴染みだが、これはシリーズでも随一の名ショットと言えるはず。 |
| シリーズ随一と云えば、意外や意外にも初モノだったのが、伯爵が城壁を徘徊するショット。これはストーカーの原作や後年の脚色版などでは当たり前のように著名なネタだが、実はハマー製のシリーズタイトルではこれも初モノ。と云うよりこれが唯一。一方、初モノではないものの、伯爵の手となり足となるコウモリの大活躍を描く辺りはシリーズでも結構珍しい。ここでは「バビル2世」のロプロスのような形で伯爵の下僕として暗躍する吸血コウモリだが、伯爵を甦らせる冒頭はもとより、村人の暗殺からヒロインの偵察、伯爵との変則タッグでのクライマックスなど、とにかく出ずっぱり。個人的には、後年のゾルタンなどと戦わせれば面白いような気もしたが。 |
| 一方、「凶人ドラキュラ (1966)」でもおなじみのクローヴと云う名の下僕だが、そのルックスは身だしなみから着こなしのセンスまで全てが対照的。ちなみにヒロインのセーラ(劇中では「サラ」とは発音されず)に一目ぼれするキャラ色は、ヒロインに感情移入させる原作や1作目のレンフィールドにも共通するものだが、あの巨大コウモリが伯爵に尽くす一方、伯爵を裏切り続ける何気にドンマイなクローヴの所業もここでは重要なファクター。あの怒涛のクライマックスもクローヴの暗躍なくしては迎えられぬものだが、ちなみにここまでの総決算とでも云うべきあのダイナミックなクライマックスも、ここでの人気の行方を決定付ける重要な要素。 |
| そんなクライマックスと云えば、シリーズでも随一のダイナミズムとアイディア全開の名場面に他ならないが、実はコアなファンの間でも物議を醸していたのをご存知だろうか。個人的には物議になるような大それた話でもないと思うが、問題視されたのは、落雷の電熱で伯爵が燃え尽きると云うネタ。吸血鬼のネタに精通するファンなどであれば、木の杭や紫外線で塵と化す従来とも異なるネタにはピンと来なかったのかもしれないが、如何せんここではあのインパクトが何より勝る。と云うより、これも続く「ドラキュラ'72 (1972)」で納得すれば良い話。次回作では、のっけからヘルシングとの馬車での死闘を繰り広げる伯爵だが、要は、またいとも簡単に甦ってしまうのもあり得る形で幕を下ろしていたと云う事。そんなどうでも良い解釈も、時系列や関連性にこだわるファンにも悪い話ではないはずなので。 |
| ここ日本ではVHSタイトルのリリースも叶わなかった中、ようやくのDVDリリースに心躍らせたファンの方も少なくはなかったはずだが、ビスタサイズでのリリースとなったDVDの場合、実はこれもマスターソースの上下スペースをブラックバーで隠すもので、かつての輸入VHSの方がエリア自体は広域。と云うか、そんな話も「ゴッドファーザー」トリロジーのボックスDVD以下、昨今では当たり前のような話で、高画質でのニュープリント映像を問題視するのもナンセンスな訳だが、一方、邦盤DVDでの字幕テロップの間違いの多さは何気に問題。まずは、城が火事に遭った事を聞いていたサイモンがクローヴに対して放つ「火事があったそとか」と云う字数の余るライン。次に「弟」の行方をサイモンに訊ねられたクローヴが「彼女は確かにここに来たが逃走した」と云うライン。さらには、弱腰の村人らに業を煮やした酒場の女アリスが店を出て行く中、引止めに掛かった酒場のオヤジ(マイケル・リッパー)が事情を説明しようとするシーン。ここでは伯爵に惨殺された女房の最期を説明しようとする酒場のオヤジだが、ここでの字幕テロップは何と「娘マリアの死因は知っているな?」というもの。確かに、"My Maria... you know how she died?"と云うオリジナルのダイアローグを聞けば、場合によっては娘とも解釈できるが、ここでのマリアとは、酒場のオヤジの亡き妻の事。序盤でしっかりと顔を出すマリアと云う初老の女性があのくたびれたマスターの娘であるはずもない。と云うよりこれは、序盤で伯爵の犠牲になる若い娘とマリアを早合点する中での間違いだったのかも。 |
| それにしても、シリーズでも屈指の傑作がここ日本では未公開のままと云うのもかなり微妙。その辺りの推察については「ドラキュラ血の味 (1970)」のページでも触れた通りだが、絶妙なテンポのシナリオと魅力あるキャスト、ダイナミズムにも終始する怒涛の演出など、TV放映時にはとにかくショックを受けた1本だった。あの「エクソシスト (1973)」の後光もまだまだ強かった70年代中期、「ドラキュラ復活!血のエクソシズム」なる番組タイトルには冷やかし気分にもさせられたが、なかんずくここでは内容が全て。大画面のモニターはおろか、民生用の録画デッキなども存在しなかった当時、記憶に残る放送タイトルなども数多くあるが、長らくこれは別格の1本だったもの。輸入VHSを入手した時の感慨もひとしおだったが、ちなみに伯爵の犠牲となる酒場の女ジュリー(ウェンディ・ハミルトン)の末路については、後年リリースされるDVDヴァージョンでも不明のまま。と云うより、完全版なども存在しない中、そもそも存在しないカットを要求するのもナンセンスな話だが、如何せん、何度も観ているタイトルだけに気になってしまうのもご容赦頂きたい所。カットと云えば、吸血鬼ハンターさながらのサイモンに催眠術をかける伯爵の合成ショットや、ドラキュラ城の絶壁を描くマット画などもここでの見所の一つ。 |
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